
作家であり、詩人であり、教育者でもあった宮沢賢治。明治、大正、昭和の激動の時代を生きた
彼は多くの作品を残し、38歳の若さでこの世を去りました。このサイトでは、初稿が書かれてから
80年近く経った今もいまだに多くの人に愛され、読み続けてられている童話「銀河鉄道の夜」に
スポットを当て、賢治の内面を探りながら読み解いていきます。どうぞお楽しみ下さい。
「あなた方はどちらからいらっしゃったのですか。どうなすったのですか。」
“你们几位是从哪儿来?怎么了?”
さっきの燈台看守がやっと少しわかったように青年にたずねました。
刚才的灯塔看守总算看出了点眉目来,他问青年人。
青年はかすかにわらいました。「いえ、氷山にぶっつかって船が沈(しず)みましてね、わたしたちはこちらのお父さんが急な用で二ヶ月前一足さきに本国へお帰りになったのであとから発(た)ったのです。私は大学へはいっていて、家庭教師にやとわれていたのです。ところがちょうど十二日目、今日か昨日(きのう)のあたりです、船が氷山にぶっつかって一ぺんに傾(かたむ)きもう沈みかけました。月のあかりはどこかぼんやりありましたが、霧(きり)が非常に深かったのです。ところがボートは左舷(さげん)の方半分はもうだめになっていましたから、とてもみんなは乗り切らないのです。もうそのうちにも船は沈みますし、私は必死となって、どうか小さな人たちを乗せて下さいと叫(さけ)びました。近くの人たちはすぐみちを開いてそして子供たちのために祈(いの)って呉(く)れました。けれどもそこからボートまでのところにはまだまだ小さな子どもたちや親たちやなんか居て、家庭教師にやとわれていたのです。それでもわたくしはどうしてもこの方たちをお助けするのが私の義務だと思いましたから前にいる子供らを押しのけようとしました。けれどもまたそんなにして助けてあげるよりはこのまま神みまえにみんなで行く方がほんとうにこの方たちの幸福だとも思いました。それからまたその神にそむく罪はわたくしひとりでしょってぜひとも助けてあげようと思いました。けれどもどうして見ているとそれができないのでした。子どもらばかりボートの中へはなしてやってお母さんが狂気(きょうき)のようにキスを送りお父さんがかなしいのをじっとこらえてまっすぐに立っているなどとてももう腸(はらわた)もちぎれるようでした。そのうち船はもうずんずん沈みますから、私はもうすっかり覚悟(かくご)してこの人たち二人を抱(だ)いて、浮(うか)べるだけは浮ぼうとかたまって船の沈むのを待っていました。誰(たれ)が投げたかライフブイが一つ飛んで来ましたけれども滑(すべ)ってずうっと向うへ行ってしまいました。私は一生けん命で甲板(かんぱん)の格子(こうし)になったとこをはなして、三人それにしっかりとりつきました。どこからともなく〔約二字分空白〕番の声があがりました。たちまちみんなはいろいろな国語で一ぺんにそれをうたいました。そのとき俄(にわ)かに大きな音がして私たちは水に落ちもう渦(うず)に入ったと思いながらしっかりこの人たちをだいてそれからぼうっとしたと思ったらもうここへ来ていたのです。この方たちのお母さんは一昨年没(な)くなられました。ええボートはきっと助かったにちがいありません、何せよほど熟練な水夫たちが漕(こ)いですばやく船からはなれていましたから。」
青年微微笑了笑,说:“是这样。我们乘坐的船撞到冰山上,沉没了。因为这孩子的父亲有急事,两个月前先回国了,我们是随后出发的。我在大学里读书,是他们俩的家庭教师。正好是第十二天,也就是今天或昨天。船一下子撞在冰山上,船体突然倾斜,然后就开始下沉。海面月光微薄,浓雾弥漫。救生艇左舷已经有一半淹没在水里,人们全上去肯定要同归于尽。我就拚命叫喊,‘让小孩子们先上去吧’。旁边的人立刻闪出一条路,并为孩子们祈祷。然而到救生艇之间,还有很多更小的孩子和他们的家长,我实在没有勇气去推开他们。但当我想到拯救这两个孩子是我义不容辞的责任时,还是推开了前面的孩子。可又一想,既然想拯救他们,莫不如把他们送到上帝面前,更能使他们获得真正的幸福!至于那违背上帝意志之罪,可由我一人承担,说什么我也要搭救这两个孩子。看看眼前的情景,我知道自己是无论如何也办不到的。小艇上挤满了与孩子们诀别的家长,母亲们疯狂地最后亲吻自己的孩子,父亲们忍着悲痛,呆立在那儿。那场面实在令人断肠。不一会儿,大船开始迅速下沉,我们紧靠在一起,已经做好充分准备。我要紧紧抱住这两个孩子,能漂多远就漂多远。最后只有等船沉了。此刻,不知什么人扔过来一只救生圈,可一滑又漂走了。我竭尽全力将甲板的一块木格子拆卸下来,于是三人如获救星似地牢牢抱住它。这时不知从哪里传来赞美歌,顿时大家用各国语言齐声合唱。与此同时,一声巨响,我们随即掉入水中。我想这大概是被漩涡吞没,便紧紧搂住两个孩子。当我模模糊糊思考时,就来到了这里。这孩子的母亲前年过世了。小汽艇上的人们肯定会得救的,有那么多技术熟练的船夫驾驶着迅速离开了大船。”
そこらから小さな嘆息やいのりの声が聞えジョバンニもカムパネルラもいままで忘れていたいろいろのことをぼんやり思い出して眼(め)が熱くなりました。
周围响起一阵叹息和祈祷声,焦班尼和柯贝内拉也膝陇回想起经历的各种各样的事情,眼圈红了。
(ああ、その大きな海はパシフィックというのではなかったろうか。その氷山の流れる北のはての海で、小さな船に乗って、風や凍(こお)りつく潮水や、烈(はげ)しい寒さとたたかって、たれかが一生けんめいはたらいている。ぼくはそのひとにほんとうに気の毒でそしてすまないような気がする。ぼくはそのひとのさいわいのためにいったいどうしたらいいのだろう。)
(啊,那片大海是叫太平洋吧?在冰山河流北边的大海上,不知什么人乘坐小船,与狂风,与冻结的潮水,与刺骨的严寒作斗争,他在全力以赴。我实在同情那个人,并感到过意不去。我究竟能为那个人的幸福做些什么呢?)
ジョバンニは首を垂れて、すっかりふさぎ込(こ)んでしまいました。
焦班尼垂着头,陷入深思。
「なにがしあわせかわからないです。ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら腸(はらわた)もちぎれるようでしたみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから。」燈台守がなぐさめていました。
“何为幸福,我也搞不清。其实,无论多么痛苦的事,只要能正道直行,即使赴汤蹈火,也能一步步接近幸福。”灯塔看守安慰道。
「ああそうです。ただいちばんのさいわいに至るためにいろいろのかなしみもみんなおぼしめしです。」青年が祈るようにそう答えました。
“是呀。为了达到至高无上的理想境界,就要饱尝各种苦涩,这是上帝的旨意。”青年也祷告般地回答。
そしてあの姉弟(きょうだい)はもうつかれてめいめいぐったり席によりかかって睡(ねむ)っていました。さっきのあのはだしだった足にはいつか白い柔(やわ)らかな靴(くつ)をはいていたのです。
姐弟俩精疲力尽地靠在座背上东一头西一个地睡着了。男孩子刚才还是赤裸的双足,不知何时已穿上一双洁白柔软的小皮鞋。
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